121_一対処 ( 男性編 )

世の中には、非モテコミットをはじめたお相手の男性をすぐに見限る女性や、自分から勝手に男性に片思いをしておきながら、両想いになったとたんに手のひらを返して、お相手の男性を嫌悪するようになる身勝手きわまる女性がいる。(*1)

世の一般的なモテ指南をする人達は、これらの場合については、おしなべて同じようなことを言うんじゃないのかな。

そうした女性に対して非モテコミットをしないように、非モテコミットを極力避けるように、と。

あるいは、そうした女性に男性を蛙化的に嫌悪する反応を起こさせないように、と。

そこにある発想は、とにかく、当面かかわっている女性を失うことのないように、何とか女性のご機嫌をうかがいながら上手く立ち回りなさい、ということですね。

しかし。

そもそも、非モテコミットされるのを嫌うような女性、そして、自ら好意を抱いていた男性に対して蛙化的な嫌悪感情を身勝手に引き起こすような女性が、果たして、かかわる(付き合う)に値する女性だと言えますかね?(*2)

そうした女性にわざわざ合わせる必要がありますかね?

非モテコミット。

確かに、下にも置かぬくらいに、何から何までやり過ぎくらいに女性に尽くすのは、明らかに過剰奉仕だろう。

もしかしたら、男性から非モテコミットをされている女性は、彼女を性欲の充足を含めた恋愛対象として何とか失うまいとする彼の焦りを感じとることで、嫌気がさしてしまうのかもしれない。

彼の行動に、自分(女性のこと)を失うまいと周章狼狽するかのような気配を感じ取り、彼の男としてのスケールの小ささ(?)(でもこれは彼女自身の評価が低いことに他ならないんですけどね)に、嫌気がさすというように。

しかし、それならば、女性側からはこう言えばいいじゃないか。

「私はあなたとかかわっている(あるいはお付き合いしている)のは、行き過ぎたレディファーストのように、あなたに過剰に奉仕してもらうためではありません。
私はあなたと対等な一人の異性として、人生のひとときをつむぎたいのです。
人生は有限です。
命ははかない。
いつまでも若くはいられません。
そんな人生のひとときを私はあなたと対等な一人の異性としてつむぎたいのです。
私はあなたを下部(しもべ)のように扱いたくはありません。
そんなつもりは毛頭ないのです。
あなたに、そのように行き過ぎた下座のように振る舞われるのはかえって不快です。
私と対等にかかわる(お付き合いする)つもりならば、今すぐにそのような振る舞いはやめて下さい」と。

さらに、付け加えれば。

「私はあなたに一人の女性として、それなりに尊重されるに足りる女性だと自負しています。
あなたに節度のない一方的で過剰なかかわり方や奉仕ををされるのは、私にとっても不快ですから、やめて下さい」と。

このように言える女性でないのなら、別れることは何ら悪くないんじゃないの?

別れた方がいいでしょ。

そこまでの縁しかなかった女性として、キッパリ別れてしまえばいいんじゃないの(彼女の天命がまっとうされますように、と祈れればなおいいけれど)?

身勝手な蛙化的な男性嫌悪反応(?)を起こす女性も同様だね。

こうした女性に対しては、未練なんか持つべきではないでしょうよ。

いらないよ、こんなもの。

未練なんかいらない。

自分の異性としての魅力しか眼中にない自己中心的な発想の女性に他ならないのだから、キッパリ別れてしまえばいいんじゃないの?

彼女をつくるのは大変。

恋人をつくるのは大変。

しかし、だからといって、何から何まで、女性のご機嫌をうかがってばかりいるんじゃあ、キリがないですよ。

女性にしてみれば、男性の鼻面を引き回すことで、自分の女性としての容姿を含めた外的な評価=魅力を再確認できて、周囲に誇示できるから、さぞかし快感(?)なのかもしれないけれど、こんなのは神性とはまったく無縁の、上っ面の外部から評価される自己承認欲求を満たすものでしかありませんよ。

しかも、生理その他の身体的要因もあるためか、女性はその時々の感情の起伏が結構激しいし、物事の判断も理屈よりも気分に左右されやすく、感情に重きを置くきらいがありがち。

悟りを開けない一般的な私達は、感情の動物という側面を持っている。この側面が、男性に比べると女性の方がかなり強い傾向があるからです。

成功体験?

数さえこなせば、質は不問でいいんですか?

いや、違う。

もう、対等な一人の人間としてかかわることのできないような女性は、どんなに辛くても、苦しくても、求めない。

間に合わせで女性を求めない。

女性の思うがままに鼻面を引き回され、女性のペースでことを運ばされるくらいなら、こっち(男性側)から見切りをつけるべきなのですよ。

尽くされることのありがたさを微塵もわからず、貴重な時間とお金を多大に浪費させられ、何よりも気持ちを傷つけられるような女性は、こちらから見切りをつけるべきなのです。

非モテコミットをされることで、お相手の男性をいとも簡単に見限る女性や、片思いをしておきながら、身勝手に蛙化現象(かえるかげんしょう)を引き起こし、お相手の男性に嫌悪感を抱(いだ)くような女性は、何が何でも、こちらから願い下げにする(ただし、彼女達の天命がまっとうされますように、とだけは祈る)。

そんな行き方もあるかもしれませんよ。

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(追記1)
「キッパリと別れる」とはしたが、男性が非モテコミットをした時点で、または、女性が蛙化現象を起こした時点で、大抵は女性側から離れていってしまう場合が多いだろう。

こうなってしまうと、女性が何らかの理由で切羽詰まった状態に陥るか、男性が起業に成功したなどして、突如として財産家になるなど(こうした女性達は男性が起業して成功が確定する前に去ってしまう可能性が高そうだが)の特別な事情がない限り、もう女性の気持ちは戻らない。

何を言っても、何をしても、徒労にしかならないし、こうした女性にかかわるのは、いたずらに時間とカネと精神を消耗させられる、無駄以外の何物でもない。

だから、復縁をしないに限るんですよ。

ここで言う「キッパリと別れる」という意味は、今生(=今回の人生)内で、男性側から未来永劫別れる、という意味合いになりますね。

女性側から態度をつれなくされても、別れを切り出されても、ジタバタしない。

周章狼狽しない。

(来たな、ああ、やっぱりこういう女性だったのかと)柳に風と受け流す(男性側としてはきわめて辛く苦しく難しい局面だけど、ここがこらえどころ)。

そして、踵を返すように、強固な意志をもって、女性と決別する。

もちろん、どんなに理不尽でひどい女性であるように思えたとしても、彼女に対する捨て台詞や恨み言を一切言ってはならない。

そして、たとえ後になって女性の方から復縁を持ちかけてくることがあっても(過去世の因縁でどうしてもやむを得ないと考えられる特別な場合を除いて)、絶対にヨリは戻さない。

頑なさは見せずとも、深く静かに、確実に女性を拒絶する。

決然として。

とはいえ、これは復讐ではありませんよ。

そうではなくて、自分(男性)のためにも、相手(女性)のためにも、これ以上、乱れた想いと行いの業想念を起こさせないように、今生での縁を断ち切ってしまおう、ということです。

想いを乱さないためには、とにかく、女性と会わない、そして、その女性とは徹頭徹尾かかわらないようにするしかないからです。

向こう側(女性側)から縁を切るための格好の口実を与えてくれているようなものだから、これを使うんです。

もちろん、男友達のような未練がましい、(すぐにヨリを戻せるような可能性を残した)中途半端な立ち位置も決してとってはならない。

あくまでも、顔と名前を知っているだけの知人。

それ以上は、絶対に深入りしない。

とにかく、実質的な絶縁をして、距離を置き、二度と近づかない。

男性は基本的に性欲が強い場合が多いので、ちょっとでもスキをつくると、またすぐに女性に恋愛感情を抱いてしまうので、実質的に縁を断ち切るしかないんですよ。

とにかく。

要は、損切りは最小限に抑えて、見切り千両で行きましょう、ということ。(*3)

以前は、去る者は追わず、来るものは拒まず、と考えていました ( 132_非モテコミット異論 - おぶなより ) が、男性はどうしても未練がましいところがある(女性の方がはるかに割り切り上手。恋の上書きも何のその。むしろ冷たいくらいかもしれない)から、これくらいに振り切った方が(後々、またゴタゴタと業想念を生じさせる可能性を減らせる分)良策のように思えたのでね。

女性側からの別れや復縁を想いを乱さずに何気なくスッと受け入れることのできる人は、そうはいない。

つまり、良いことも、悪いことも、すべては神様の思し召しととらえて、感謝をすることのできる人は、ほとんどいないと考えたので、今回はこのようにしておきます。

そもそも的に言えば、男女関係なく、日頃の何気ないことから始まって、ありとあらゆることに感謝して生きていけることが理想です。

人生を何らかの形でともに歩む相方(パートナー)で言えば、この世でたぐいまれな縁で出会い、お付き合いをするなりして、一時を過ごすお相手に、感謝し合い、尽くし合いながら生きていければ最高です。

この要件を満たせそうもない、相方としてふさわしくないようなお相手、特に、こと、業の深いと思われる女性に対しては未練を断ちきって見切るべきだ、ということです。

一途に1人の女性を想い続ける傾向のある男性には、申し訳ありませんが、女性からの気持ちを含めての一切の見返りを求めない一途ならいいとは思いますが、悟りを開けない私達一般的な人間の場合には、これは難しいと思うので、もうその女性とかかわるのは、おやめになることをおすすめしたいのです。

残念ながら、肉体人間としての人生と時間は、有限です。

感謝し合い、尽くし合える可能性がある、より良き女性との出会いに向けて、非モテコミットや一途さを反故にする女性、蛙化現象を引き起こす女性に対しては、早々に未練を断ちきって、切り替えをされるよう、お願いしたいと思います。

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(追記2)
巷には、唯物論で蛙化現象をいろいろと解説してあるみたいだけれど、因縁で考えれば、さほど難しいことではない。

両想いになったとたんに片思いをしていた女性側の気持ちが冷める。

そのようになるべくしてなった、お互いの過去世の因縁があっただけ。

でも、これじゃあ、身も蓋もないですよね。

味も素っ気もない。

強いて、お説教的にこうした女性にどのように対処していくか、と考えるならば・・・。

健康をはじめとして、身の回りのあらゆることが当たり前と何の感謝の欠片もないような心がけのお人は、敬して遠ざけるに越したことはない、ということぐらいでしょうかね。

深く考えれば考えるほど、あらゆることが奇跡的な組み合わせで成り立っていることがわかってくるはずだから。

信頼は感謝から始まる。

これがまるっきりわからないお人(女性)は、まだまだ、霊性の開発が不十分なのだから、無理に取り込もうとすることはやめて、祈り心だけで対処する。

それでいいんじゃないのかなあ。

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(*1)このように、はじめは女性から男性にずっと片思いをしていて、男性が振り向いて好意を抱いてくれた、あるいは、男性からの好意が確認できたとたんに心変わりをする、しかも、場合によっては男性に対する生理的な嫌悪感まで抱いてしまう現象は「蛙化現象」と呼ばれる。

しかし。

言うに事欠いて、生理的とはなんだよ。

あまりにもひど過ぎるじゃないか。

生理的も何もないよ。

本来なら言い訳なんかできない話だね。

これじゃあ、女性は男性に比べて、超感情の動物だし、超ワガママだと言われても仕方がないよ。

こんなことがあるんだったら、女性の好意を感じることがあった場合でも、自分が異性として尊重したい女性以外は、かかわりを持つべきではない、とさえ思えてくるよ。

上記の (追記2) にも書いたけど、これ過去世の因縁だったら、原則としてどうにもならないからね。

従って、こうした女性には、未練を一切残さず、さっさと見切りをつけるしかないのですよ。

(*2)男性の女性を求める本質的な動機は、セックスをすることだけだ、否、セックスをすることしかない、セックスをすることさえできれば、後はどうでもいい、という男性なら、こうした女性にも十分に利用価値があるということになるのだろう。

そうして、セックスを含めたある程度の恋愛経験をした上で、人生の伴侶としてふさわしい女性については、あくまでも別立てとして、将来じっくりと選べばいい、とセックスと恋愛・結婚を分けて考えているのだろう。

これはおそらく、同じような考えを持っている人が、女性にも、さぞや、たくさん、たくさんいるのでしょうね。

江戸時代以前ならいざ知らず、近代以降になって、しかも、明治初期に導入されたキリスト教的な貞操観念が幅を利かせた時期も遠の昔に過ぎ去った現代で、処女を重んじる必要などない、または、処女を軽んじる女性が多くなければ、今のような世の中には、なってはいないはずだから。

アラサーのひどい女性ともなると、若さを保つためと称して、セフレ(セックスフレンドの略。恋人や夫婦にこだわらず、セックスだけを求める相手)を抱え、経験人数が数十人という人までいますからね。

お相手を神様の分霊を本質とはしない、尊重しない、肉体人間以外の動物と同義でも構わない、自らの性欲を完遂させるためには、お相手をいくらでもモノ扱いしても構わないという発想ですね。

結婚相手のように、自ら選別した異性だけは人間として、曲がりなりにもそれなりに尊重するが、それに満たないと判定したお相手については、明らかに差別扱いして、分けて考えているのだから。

もちろん、肉体人間をあたかもモノ扱いするのは、こうした女性達だけには限りません。

これは、世のヤリチン、ヤリマンをはじめとして、貞操観念の崩壊しているかのように見える、放縦・奔放な性行動をとる、すべての人々に当てはまります。

肉体人間の本質が神様の分霊である、神様そのものなのだ、と考えた時に。

神様は肉体人間を男女に分けて有性生殖の形で世代を引き継がせる形を採っておられるのだ、と考えた時に。

上記のような男女のあり方は、果たしてどのような意味を持ち、各々の輪廻転生にどのように反映される結果になるのか。

これは、ここにたどり着かれた方が、ご自身でよくお考えになって下さい。

( おぶなより ) を含め、肉体人間のあり方に関するヒントは、それなりに書いてきたつもりですので、ここでは触れません。

私は、皆様が深くお考えになることを願っております。

(*3)どんなに女性側から理不尽に傷つけられても、すべてを収めて黙して語らずでスパッと去る。

そこでは、去り際の美学を考える男性がいるかもしれない。

しかし、こうした美学に男性側が酔ってしまったら、それはそれで余計なことであり、無駄にもなるので、こうしたことも一切考えずに、とにかく、女性とはひたすら実質的に絶縁するのが一番ですね。

過去世の因縁のあらわれではない限り、彼女達は、いやが上にも来世以降に確実に男性側を大きく傷つけたその身勝手な行いの報いを受けることには変わりはないので、後のことは彼女達自身に任せるだけで、男性側としては巻き込まれて余計な悪い因縁を負う必要などさらさらない。

ただ、さらに一歩あえて踏み込むならば、祈り心で対処することだけですね。