027_信頼

前回 ( 026_継続? - おぶなより2 ) 、車の論評のことを書いたが、あの論評の中で、どのメーカーのどの車種の評価か忘れたが、車のコンセプトが先進性なのだから、足踏み式パーキングブレーキはこの車には、ふさわしくなく、電動式のパーキングブレーキにすべきなんて話があった。

ボロボロに低評価していたミニバンにも車格の割には運転支援がないなどの論評があった。

しかし、こうも簡単に決めつけていいのかな。

自動車は、その部品点数が 2 万から 3 万もあるような高度な工業製品だ。

当然に組み立てられた後に、予想もしない不具合というか、当初の想定にはなかった事象が起きてくる可能性を含むと考えられる。

出来上がって、いくら念入りに試行テストを繰り返していても、販売後に予期しないことが起きてくる可能性があり得るということ。

前にある別の工業製品を扱う所にいた時、そこの先輩に聞いたのだが、こうした可能性があるから、まずは製品のテストを一通りしたら、とにかく、実際の市場に出して、バグをフィードバックする形で潰すようにしていくメーカーがあると聞いた。

だから、あまり、短い期間で頻繁にモデルチェンジばかりを繰り返す製品や、革新的な新機軸を打ち出す製品にすぐに飛びつくのは、それなりのリスクがあり、ある程度、長い期間のモデルサイクルと、ラインの熟成も大事になってくると考えられるのだ。

売り上げとの兼ね合いがあるから難しいところだろうが、本来ならモデルのライフサイクルは長い方がいいということになる。まして、車は人間の安全に直接関わる製品なので、本来なら長い製品のライフサイクルが好ましいはずだ。

高価な製品になればなるほど、技術の採用には、慎重になるのは、むしろ好ましいと思うんだけどね。

というのも、自分は国産の新製品を買って、(過去世の因縁が悪いためか(泣))ハズレに当たったらしく、何回も修理する経験をしているから。

こうした経験をした立場から言わせてもらうと、新機軸の採用は、慎重にも慎重をきわめて、やって欲しいんですよ。

極端なことを言えば、もう、衆目なんか集めなくていいから、ある程度の快適性が確保できれば、あとは故障なく、大過なく動いてくれればいい、とすら思ってしまうんですよ。

散々、故障を経験させられると。

故障がないこと。不具合がないこと。これはものすごく大切なことだと思うんです。

もちろん、メーカーの方の対応がきわめて誠実で、それは良かったのですが、不具合の症状の再現がなかなかできずにかなり時間がかかったりしたことが何度もあったので、やはり、故障や不具合はないに越したことはない。

なので、製品の評価、特に新機軸で、それまで長い期間実績を積んで安定していたアナログ的な技術を捨てて新機軸を採用した場合の評価は(もちろん、メーカーに取材をした上での評価なんだろうけど)慎重を期してもらいたいんですよ。

つまらない、攻めのない保守的な思考だと思われるかもしれないが、私のように不具合で散々な目に遭うと、信頼性が何よりだ、無事之名馬(ぶじこれめいば)が一番、と思うようになるのですよ。

故障しにくさよりも、走り味などの個性だ、という人はもちろんいるとは思うけど、私はついていけないな。

ちょっと、そんな点も気にかかりましたね。